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2022.01.13

勝海舟の目

経営に関する話題 読書の部屋

 明治維新は「薩長土肥」という勢力が、徳川幕府勢力を倒してその権力を握った実質的な革命といえます。形式的には「天皇」という日本のトップが変わっていない(徳川幕府も天皇が征夷大将軍を任命した形をとっている)のですが、江戸時代の天皇家の収入は最初は1万石、次に2万石とされて、最終的には3万石となっていますが、足りないお金は江戸幕府から献金してもらっていたのですから、権力を握っていたのは幕府であって天皇家ではありませんでした。それが明治維新では、「王政復古」して版籍訪韓・廃藩置県が行われたのですから、幕藩体制という権力構造が破壊されたという意味では「革命」というべきだと思います。
 明治維新といえば「維新3傑」の西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允が有名ですが、明治維新を推進したという意味ではその通りなのですが、この「革命」を通じて、日本の民衆や文化を大きく破壊させなかったということに貢献したという意味では、勝海舟が果たした役割は特出しています。
 明治維新によって権力を奪取した薩摩や長州の維新の生き残り組が藩閥政治を行い、自らの行為を正当化するために前政権を悪で未開で前近代的と描きますが、明治以降の日本を支えたのは民力の高さであり、それを育んだのは江戸幕府であったことも事実です。勝海舟の遺した「氷川清話」を読むと、実際の明治維新が透けて見えます。
少し紹介すると、
 薩長藩閥政治家は、幕末に生きていた傑出した人物の相当数は、無意味な戊辰戦争によって落命し、横井小楠や西郷隆盛、大久保利通のように私欲のなかった人物が果て、残ったのは「権力を欲する政治屋ばかりだったことを嘆いて

 「全体、今の大臣などは、維新の風雲に養成されたなどと、大きなことを言うけれども、実際剣光砲火の下を潜って、死生の間に出入りして、心胆を練り上げた人は少ない。だから、一国の危機に処して惑わず、外交の難局に当たって恐れない、というほどの大人物がないのだ。ただ先輩の尻馬に乗って、そして先輩も及ばないほどの富貴栄華を極めて、一人で天狗になるとは恐れ入った次第だ。先輩が命懸けで清秋した仕事を譲り受けて、やれ伯爵だ、侯爵だとかいうような事では、仕方がない」
と書いている。
 そして勝海舟の先見の明に驚くのは、日清戦争についても
 「日本人もあまり戦争に勝ったなどと威張って居ると、後でたいへんな目にあうヨ。県や鉄砲の戦争には勝っても、経済上の戦争に負けると、国は仕方なくなるよ。そしてこの経済上の戦争にかけては、日本人は、とても支那人には及ばないだろうと思うと、俺はひそかに心配するよ」

このような冷静な目を持った人が、現在の日本の政治家にいるのでしょうか?

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